東京高等裁判所 昭和40年(ネ)1684号・昭40年(ネ)1335号 判決
(一) 昭和三八年九月二八日控訴銀行六角橋支店に控訴人の右普通預金の通帳を持参し、控訴人の氏名を記載しその印章を押した二五万円の普通預金払い戻し請求書を右通帳とともに提出して本件預金のうち二五万円の払い戻しを請求した者があり、同支店係員が右請求書に押された印影と同支店保管の帳簿に押されている控訴人届出の印影とを照合したところ同一であると認められたので、右請求に応じその者に二五万円を支払つたことは、当事者間に争いがない。
(二) ところで〔証拠〕を総合すると、被控訴銀行においては、預金者が普通預金の払い戻しを請求する場合にはその氏名を記載し印章を押した払い戻し請求書を預金通帳とともに提出すべきものとされ、被控訴銀行がその請求書に押された印影とあらかじめ預金者が届け出ている印影とを照合し、相違がないと認めたときは、請求者の権限――請求者が預金者自身又は預金者から授権を受けた者であるかどうか――について更に調査することなく、その請求に応じていること、そのような取扱は被控訴銀行に限らず一般に銀行において商慣習として行なわれているところであること、被控訴銀行を含めて各銀行が普通預金取引について定めている普通契約条款(約款)には、預金払い戻しについて右の取扱がなされるべきことを明らかにし、これにより払い戻しをしたときは印章盗用等の事故があつても銀行は責任を負わないものとする条項が置かれており、右約款は普通預金通帳に印刷され預金者がこれを了知しうるようにされていることが認められる。以上の事実に徴すると、右商慣習又は約款の効力として、銀行が、右のように払い戻し請求書と預金通帳の提出を受け、右請求書に押された印影を預金者の届出にかかる印影とを照合し、相違ないと認めて払い戻しをしたときは、その請求者が払い戻しを受ける権限を有しない者であつたとしても、その払い戻しは原則として有効であると認めるのが相当である。ただし、普通預金の払い戻しにつき前記の取扱がなされるのは、払い戻し請求者の権限確認の方法を前記のように定型化し容易にして、払い戻し事務の円滑且つ迅速な処理を図るためであるから、銀行が請求者の無権限を知りながら払い戻しをした場合(悪意の場合)にその払い戻しを有効と認めるべき理由は全くない。また、払い戻し請求者の権限の有無は前記の定型的な方法で調査すれば足りるのが建前であるというべきであるが、そのような建前の下においてもなお具体的事情により請求者の無権限を疑うべき相当な理由の存する場合がありうるのであつて、その場合に取引通念上銀行(係員)として当然に要請されるべき注意を欠いたため請求者の無権限に気付かず払い戻しに応じたとき(過失がある場合)は、その払い戻しを有効と認めるべきではない。すなわち、銀行に右に述べたような意味で悪意又は過失がある場合には、前記の原則に対する例外として払い戻しを有効と認めないのが相当である。原審鑑定人伊達良治の鑑定の結果中右判断に抵触する部分、すなわち銀行に過失がある場合でもそれが重大な過失でない限り銀行は責任を負わない商慣習がある旨の部分は、これを裏付けるべき証拠がなく、採用し難い。
(三) そこで、前記(一)の二五万円の払い戻しにつき被控訴銀行に悪意又は過失があつたどうかについて考えるに、〔証拠〕を総合すると次の事実が認められる。
「控訴人は昭和三八年九月二八、九日頃、自己名義の印章二個(うち一個は本件預金につき控訴人が被控訴銀行に届け出ていたもの)及び秋山名義の印章一個と本件預金につき被控訴銀行六角橋支店の発行した普通預金通帳とを何人かに窃取されたことに気が付き、速やかにその旨を同支店に通知したが、その通知がなされたのは前記(一)の払い戻しが行なわれた後であつた。従つて右払い戻しに関与した同支店係員はその当時右盗難の事実を知らなかつた。
控訴人はその頃同支店と、「荒木美佐子」の名義で本件預金に係る普通預金取引をしていたほか、昭和三八年七月八日「荒木ミサ子」の名義で別に普通預金契約を結びこれに基づく預金取引を行なつていた。控訴人は右預金の預け入れ・払い戻しを他人に依頼しないで、その頃月に四、五回の割合で自ら同支店に赴いていた。しかし、同支店において預金取引に関し直接顧客と接触するのは各預金窓口の担当者であるが、同支店にはその頃普通預金窓口が三か所あり、その担当者も配置転換のため移動することがある。右払い戻しの際の窓口担当者であつた小沢安彦は、同年八月頃に普通預金の窓口担当者となつたものであつて、右払い戻しの当時においては控訴人を知らなかつた。
ところで、右二五万円の払い戻しを請求したのは二〇歳前後の男性であつて、その者が提出した払い戻し請求書(甲第一号証)に最初に押されていた印影(一見明瞭ではないが、少しく注意すれば「秋山」と読むことができる)は控訴人が本件預金につき届け出ている印影と一致しなかつたので、同支店係員はその旨を告げて払い戻しを拒絶した。そこでその者は同請求書の右「秋山」の印影の隣に「荒木ミサ子」なる印章を押して再びこれを提出したが、それも右届出印と一致するものではなかつた。そして、更に同請求書に「荒木みさ子」なる印章を押してこれを提出したところ、それは右届出印と一致したので、同支店係員はその者に二五万円の払い戻しをしたのである。男名義の預金の払い戻しを女が請求し、逆に女名義の預金の払い戻しを男が請求する事例は預金取引の実際においてしばしばみられるところであり、また、払い戻し請求書に押された印影が届出印と相違するため、請求者に印を押し直させること、それが両三度に及ぶことも稀ではないので、本件の場合においても同支店係員は右払い戻しをなすに当り、請求者の権限について疑念を懐かず、預金者である控訴人に電話をかけてその点を確かめる等の措置をとらなかつた(なお、同支店に保管する本件預金の元帳には控訴人の電話番号が控えてあり、控訴人から受け入れた小切手が不渡りとなつた時に同支店から電話で連絡したことがあつた)。」
右認定の事実に徴すると、前記二五万円の払い戻しはそれを受領する権限を有しない者に対してなされたものであるが、被控訴銀行にはその点について悪意又は過失がなかつたというべきである。過失がなかつたとする理由につき附言すると次のとおりである。まず、右払い戻しの際の窓口担当者がその当時控訴人を知らなかつたことは前示のとおりであり、従つてその頃本件預金の預け入れ、払い戻しについてはつねに控訴人自身が同支店に来店していた事実も知らなかつたものと認められるが、前示のように同支店にはその頃普通預金窓口が三か所あり、その担当者も配置転換のため移動があること、それらは同支店の業務運営上避けられないところと認められること、預金取引のため同支店に来店する者は多数に上ること(当審証人小沢安彦の証言によると同支店における窓口取扱件数はその当時平日で約三〇〇件、土曜日で約二五〇件であつたことが認められる)を考え合わせると、右の点をもつて被控訴銀行に過失があるということはできない。次に、本件預金は女性名義であるのに右払い戻しを請求したのは男性であつたという点であるが、預金の払い戻しのため来店するのは必ずしも預金者本人であるとは限らないのであるから、右の点について同支店係員が不審を懐かなかつたとしてもこれをもつて被控訴銀行に過失があるということはできない。おわりに、右払い戻しの際の払い戻し請求書に押された印影が二度まで届出印と一致しなかつたのに同支店係員が請求者の権限を疑わなかつたという点については、もし右係員が細心の注意を払つたとすれば、疑念を生じたであろうということはできる。何となれば、原本の存在及び成立に争いのない乙第二号証の一、二(同支店に保管する本件預金の元帳)によると、本件預金については右払い戻しの前月である昭和三八年八月に二回、同年九月中右払い戻し前に四回にわたり払い戻しがなされていることが認められ、この事実からすれば、右二五万円の払い戻し請求の当時に預金者が届出印を記憶していないということは通常考え難いことであるからである。しかしながら、普通預金の払い戻し事務に当る銀行係員に右のような注意を要求するとすれば、印影不一致の場合に右係員はつねに個々の預金取引の具体的事情につき調査しなければならないこととなり、前示のように印影不一致の事例が預金取引の実際において稀でないことを考え合わせると、預金払い戻し事務の円滑かつ迅速な処理を阻害する結果を免れないものと考えられる。してみると、右二五万円の払い戻しに当つた同支店係員が右の注意をしなかつたからといつて、被控訴銀行に前記(二)に示した意味における過失があつたものと解すべきではない。
(三渕 伊藤 村岡)